スタジオよりずっと 「それ、昨日と同じスーツじゃないですか。シャツも同じものですよね?」 成歩堂なんでも事務所に顔を出した王泥喜は、みぬきから発せられた一声に心臓を高く鳴らした。暫くの間、きょとんと自分を見ている少女を凝視してしまう。 勿論、それは事実だ。 事実だが、スーツは同じ型と色合いのものしか王泥喜は持っていない。経済状態と必要性が原因だったが、みぬきには毎日同じものを着ている様に見えていたはず。なのに、今まで一度たりとも突っ込んでこなかった少女が、今日に限ってどうした事だ。 やはりこれは、確かにわかる『何か』があるのだろうかと王泥喜は、窓に映る自分の姿などを凝視する。しかし、違いがわからずにみぬきに声を掛けた。 「あ、あのさ。どうしてわかるんだい、みぬきちゃん。」 恐らく見抜かれているだろう動揺と共に、王泥喜は彼女に問い掛ける。 何か理由があるのなら仕事先でも言われかねない。取り敢えず、それは避けたいと王泥喜は思う。 すると、近所の中学校の制服を身につけた魔術師は、首を横に振るとにっこりと微笑んだ。 「……って、鎌をかけてみろってパパが。」 ………………………………あの…くそ親父…。 腹の中で自分の雇い主である男を罵った後、王泥喜は顔を上げた。この続きは是非本人の前でお願いしたい。そう節に願い、事務所の主である男の姿を探したが、常ならば新聞を広げて深く座り込んでいるソファーにはいなかった。 だからと言って、今自分が書類整理に使っている奥の部屋にいるとも思えない。うっかり入り込むと、王泥喜に手伝わされる事を知っていて、近寄りもしないのだ。 「…で、そのパパは…?」 「どっかいっちゃいました。ホント、盛りのついた猫みたいなんですよねぇ。」 てへへと笑う少女に、それ以上追求することも出来ず王泥喜は眉間に皺を寄せたまま、拳を握りしめる。娘に(盛りのついた猫)呼ばわりされる男に対して、何を言っても駄目なのかもしれないと王泥喜は深い溜息をついた。 「それにしても、なかなかやりますね、王泥喜さん。朝帰りって奴ですか? 」 「まぁ、確かに朝帰りだけど、仕事を手伝ってただけで、遊んでいた訳じゃないよ。」 どうして未成年相手にこんな言い訳をしているのだろう、俺はもう成人だろうと、思っている王泥喜の回りを、みぬきは子犬の様にクンクンと鼻を鳴らして一周する。 「な…今度は何?」 「本当に仕事ですか? 怪しいです。王泥喜さんから凄く良い香りがしてます。…あれ、でもこの匂い…何処かで…。」 怪訝な表情で唇に指を当てて、小首を傾げその香りの正体に想いをはせようとしたみぬきに、王泥喜は慌てて、壁の時計を指し示す。 「いいから、ほら、みぬきちゃん遅刻するよ。急がないと。」 「あ、いっけない。じゃあ、行っていきますね〜! 後ヨロシクお願いします。 ついでにパパが帰って来たら、何か食べさせてやって下さい。」 ヒラヒラと手を振り出ていく少女を見送って、王泥喜は深い溜息をついた。 そうして、躊躇いがちに腕を持ち上げてみぬきと同じ動作をする。 微かに残る甘い香りに、困った眉が八の字に変わった。しかし、本気で困っているにも係わらず、王泥喜の目尻と鼻の下は下降を続け、顔は熱いくらいに火照っている。 「…移りもするか…。」 昨夜の事を思い出し、つく溜息まで熱い気がした。 ずっと、腕の中に抱いていた。もう、いいだろ? 放しておくれよ。そんな言葉は、即座に口唇で塞ぐ。真っ赤な顔で俯くのが可愛らしくて、何度も続けていたら、最後に喰らったのは肘打ちだったけれど…。 まぁ、結局甘い回想も打ち止めで、早朝からスタジオ入りをしなければならないと言う響也の為に、書類整理をしていたら朝になっていたのが真実で現実だ。色気の欠片もそこには無い。 それでも、本当に不思議だと王泥喜は思う。 あの後、牙琉検事に成歩堂との事を問い詰めたいと思う気持ちが綺麗に無くなってしまっていた。こうやって、事務所に来た事で辛うじて思い出したくらいだ。 気になる事と言うなら、たったひとつ。 「牙琉検事、俺のこと、どう考えてるのかな。」 …下手な青春ラブコメディだ。 content/ next |